大学時代の友人A、B、Cと久しぶりに会ったとある日の昼前。
待ち合わせ場所だけ都内某所と決めておいて、昼食をどこで食べるかは全く決めていなかったため、ぐだぐだ話をしながら歩き回って良さげなところを探すことにした。
正直なところ、このときの私は前日の夜から当日朝にかけて(つまり徹夜で)WHITE ALBUM2をプレイしており、食欲より睡眠欲のほうがだいぶ優勢であったため、早く帰って寝たいと思っていた。寝る前にちょっとだけプレイするつもりだったのが、かずさルートが面白すぎて自制心がどこかへ行ってしまったのだった。
もっとも、久々に再会を果たしたばかりの友人たちに対して「眠いから帰るわ」などという空気の読めないどころではない発言をするほど非常識な人間ではないため、本当は眠気でテンションが低いのを空腹のせいだという風を装って、一緒に飲食店を捜し歩くのだった。
「何が食べたい?」と何度か尋ね合ったものの、明確に意思表示をする者はなく、どうしようかとぐだぐだ悩んでいる間に、気づけば三十分以上歩き回っており、いつの間にか住宅街に入ってしまっていた。
こんなところに飲食店はないだろうということで、来た道を引き返そうかという話になったとき。突然目の前の民家の扉が開いて、中から六十代くらいの夫婦らしき男女が出てきた。男性の方が「ご馳走様」と家の中にいるらしき誰かに向かって言った。
覗いてみると、扉の向こうにウェイターの格好をした、おそらく南アジア系の男性が立っており、私たちのほうを見て「イラシャイマセ」と声をかけてきた。どうやらここは飲食店らしい。
すっかり歩き疲れていた我々は、流れに身を任せ、外国人店員に促されるまま、この民家のような飲食店に入っていった。
1階は床が白い石目柄のタイルで、全体的に洋風に装飾されており、玄関の正面には2階に通じる螺旋階段が存在感を放っていた。我々はその螺旋階段を上って2階の部屋に案内されたのだが、1階とは打って変わって和風の内装だった。中央の螺旋階段を挟んで左右に部屋があり、どちらの部屋も畳が敷かれた座敷になっていた。ここは一体何料理屋なんだ?
案内された座敷の席に座ると、店員がメニューを持ってきた。見ると、メニューはカレーのみで、ルーとナンまたはライスの種類をそれぞれ選ぶ形式のようだった。どうやらインドカレー専門店らしい。
メニューの写真を見る限りでは、ルーはいたって普通のインドカレーだったが、ライスはどれも見たことのない謎の豆らしきものが大量に入っており、他にも何らかの野菜がたくさん混ぜ込まれているようだった。
はじめは我々四人とも無難にナンを頼もうとしたのだが、店員が「ウチハ、ライスノホウガオススメデスネー!」と豪語するので、全員未知の豆ライスを頼むことにした。なお、メニューの日本語がでたらめ過ぎて解読できなかったため、写真を指差して注文した。
ものの数分で全員分の料理が運ばれてきた。私が注文していたポークカレーと思われるものは、ルーは何の変哲もない普通に美味そうなカレーで、ライスはシソと一緒に炊いたような赤い色をしており、正体不明の黒っぽい豆などが大量に混ぜ込まれていた。
控えめに言って、これまでに食べたどのカレーよりも美味かった。複数のスパイスがよく効いていて食欲をそそり、肉は完璧な柔らかさ、そして謎の豆ライスはルーとの相性が抜群に良かった。私の語彙力ではあのおいしさの1%も伝えられないのが、実に残念でならない。
全員が食べ終わるまで会話らしい会話はほとんどなく、皆食事に集中していた。
気づくと帰路についていた。最初のほうで述べた通り、私は徹夜明けで眠気と戦っており、カレーを食べている間だけはその美味さのおかげで一時的に覚醒していたのだが、食べ終えたとたん再び睡魔が勢力を盛り返し、それ以降のことはほとんど覚えていない。なんとか自力で歩いていたらしいが、金は払ったのだろうか?
そういえば入口に看板がなかったので、店の名前を確認できなかった。場所もはっきりとは覚えていない。
たまたま迷い込んだ住宅地で偶然見つけた店であり、帰りも駅までたどり着くまでに少々道に迷ったわけで、一緒に行った友人たちも店の場所をよく覚えていないという。
ただ、その後グーグルマップを駆使しておおよその位置は推測できたので、たどり着けるかはわからないが、今度また行ってみたいと思う。
なお、仮に場所を完全に把握できたとしても、あのカレー屋が有名になり繁盛しすぎて予約困難にでもなると困るので、場所は誰にも明かすつもりはない。東京都内とだけ書いておくが、最寄駅は内緒だ。